この世界の片隅に (第7話・2018/9/2) 感想

この世界の片隅に

TBSテレビ系・日曜劇場『この世界の片隅に』公式
第7話『昭和20年8月広島…失った笑顔、絶望の先』の感想。
なお、原作の こうの史代『この世界の片隅に』(双葉社)は未読、劇場アニメーション映画(2016)は Blu-ray鑑賞済み(感想あり)、日テレの終戦記念スペシャルドラマ(2011)は未見。


周作(松坂桃李)が不在の中、すず(松本穂香)と晴美(稲垣来泉)が不発弾の爆発に巻き込まれてしまった。意識が混濁したまま北條家で横になっていたすずは、ようやく目を覚まして現実を理解する。径子(尾野真千子)は、幸子(伊藤沙莉)と志野(土村芳)にすずを支えるよう頼む。浦野家では、キセノ(仙道敦子)らがサン(伊藤蘭)からの手紙ですずの現状を知り、心配していた。そんな折、再び空襲が始まり、北條家に焼夷弾が落ちてくる。
---上記のあらすじは[Yahoo!テレビ]より引用---


原作:こうの史代「この世界の片隅に」(双葉社)
脚本:岡田惠和(過去作/最後から二番目の恋、ひよっこ)
演出:土井裕泰(過去作/重版出来!、カルテット) 第1,2,3,5,7
   吉田健(過去作/アルジャーノンに花束を) 第4,6
音楽:久石譲(過去作/ぴあの、女信長)※本作サウンドトラック盤
劇中歌:「山の向こうへ」(作詞:岡田惠和、作曲・編曲:久石譲)

すずの右手の包帯を見て、妻がこう呟いた…

    「私にはあるし、痛いけど動くから…」

これ↑は、先月上旬に道路で転倒して右手首骨折をし、最初の約3週間はギプスって患部(手首)と肘の二点止めをし、1週間程前から肘部分のギプスを切断し、肘は何とか動くものの、指はまだまだ洗濯バサミですら広げられない妻が、本作の次のシーンを見て言った言葉だ。

妻が呟いたのは、幸子と志野が、すずに寄り添うこの場面…

一人娘の晴美(稲垣来泉)を不発弾の爆発に巻き込まれて亡くした径子(尾野真千子)が、晴海の死を否認し、すず(松本穂香)に怒りをぶつけ、そして。すずの友だちである幸子(伊藤沙莉)と志野(土村芳)にすずを支えるよう頼み、その幸子と志野が呉港を見下ろせる高台に茣蓙(ござ)を敷いて、すずに寄り添う会話のシーンだ。

幸子「大丈夫なん?」
すず「うん ありがとう」
志野「痛い?」
すず「うん」
志野「うん」
すず「何か まだ ある気がするんよ 右手 何か ある気がする」
幸子「そう」
すず「うん」

すずと径子から「死の受容のプロセス」を考えてみた

ここで、触れっておきたいのが、このシーンの前後で描かれる径子と今回で描かれる主人公が辿る心の経緯についてだ。多少面倒な話だが、書かぬ訳には行かないから書いてみる。

1960~80年代に活躍したアメリカの精神科医「エリザベス キューブラー・ロス」の著書『死ぬ瞬間―死とその過程について』によると、人間が自分や自分以外の死に直面した際の心の変化を「死の受容のプロセス」として、(様々な説はあるが)下記の5段階のプロセスを辿ると説いている。

      否認・隔離 → 怒り → 取引 → 抑うつ → 受容

勘の鋭い読者さんであれば、私がここで「死の受容のプロセス」を引用した理由はご理解頂けると思う。また、一人娘を失った径子と、思うように大好きな絵が描けなくなり、家事が出来なくなったすずが、どの段階を必死に苦しみ前に進もうとしているのかを。そして、私はなぜ本作と全く関係のない妻のポロっと零した言葉を引用したのかも…

"すず" たちと視聴者が、1つの時間軸で繋がった

本作で描こうとしているのは、以前にも書いたが、戦争と言う非日常も、戦前と戦後の日常と、1つの時間軸で繋がった “それぞれの日常” であることだ。そしてその時間軸上に、私たち一人一人も生まれ生きているから、本作の登場人物たちへ “瞬間的に” 寄り添ったり共感出来たり、一緒に喜んだり怒ったり悲しんだり笑ったり出来る。

従って、劇中のすず、径子、幸子、志野、現代社会に生きる私と妻、もちろん多くの視聴者が、1つの時間軸で繋がった。それを伝えたかった。個人的な思いをだらだらと綴って申し訳ない…

実写版だから伝わった、風の匂い、音や振動、人の温もり…

さて、本作の感想。原作は未読だが劇場版アニメ映画を鑑賞済みの私としては、今回の54分間で描かれたことは覚悟していた訳だが、それでも実写版に於ける描写が私にもたらしたエネルギーは、「戦時中の設定なのに綺麗過ぎる」とか「戦時中のドラマなのに人々が呑気過ぎる」といった映像であっても、とてつもなく大きく強かった。

キノコ雲ですらハテナマークが浮かびそうな映像であっても、例えフルハイビジョンでない地デジの寝ぼけた画質でも、アニメ映画で描かれた良い意味での “曖昧で省略された画の中の世界観” からは直接感じ取れなかった、その場の潮風と爆薬の匂いが交じった空気感や、耳をつんざく爆撃の音や振動、そして人の温もり…までも、伝わって来た。

美しく描かれる本作の戦争だから、伝わったものがある…

しかし、きれいな衣装を着て化粧をして彩鮮やかな映像美の中で、生身の俳優や女優が演じた “戦時中の日常” には、慰めや救いも同時に描き込まれていた。娘・晴美の死と生き残ったすずの存在を「否認・隔離 → 怒り → 取引」のプロセスを必死に辿っている径子の強さと優しさ。

思いつく限りの精一杯の友情ですずを励まそうとする幸子と志野の温もりある本音のぶつかり合いなど。何度も書くが、すずたちが生きたのと同じ1つの時間軸上に生きている私たちにもビンビンと伝わって来る、人間のならではの繊細さや力強さや温もり、そして悲しみ…が、丁寧に描かれたと思う。

あとがき

未だに「現代パート」の存在意義が分かりませんが、それ以外の部分では…

衝撃のシーンをグロくならないギリギリの描写で切り抜けて、戦争の悲惨や苦しみや辛さを前面に押し出した「反戦」と言う主張でなく、戦争中も必死で前向きに生きている人間たちを、時にほのぼのと、時に美しく描くことで、じわじわと戦争と言う現実が何だったのかを、私たちに伝えてくれているように思います。次回にも期待します。

そして、この投稿で興味を持った読者さんには、是非ともエリザベス キューブラー・ロス」の著書『死ぬ瞬間―死とその過程について』を読んで頂きたいです。私の読書感想の投稿もあります。
【書評】「死ぬ瞬間―死とその過程について」エリザベス キューブラー・ロス (著)

死ぬ瞬間―死とその過程について (中公文庫) Amazonリンク

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