「逃げ恥」第8話の感想で書いた "秀逸な演出" をわかりやすく図解しました
第8話の演出の技を、キャプチャー画面を見ながら解説
前回(11/29放送)の第8話の感想記事で、秀逸な撮影や編集について触れたのだが、文章だけだったためわかりにくかった部分があったように思う。そこで、今回はキャプチャー画面を見ながら、解説してみる。
なお、キャプチャー画面は「TBSオンデマンド」からの無断転載です。
みくりがを家を後にし、バスでお互いに擦れ違うシーン
まず、みくりが平匡のマンションを出て行き、バスでお互いに気付かぬまま擦れ違ってしまうシーンの映像を分析してみよう。
当blogの常連さんならご存知だろうが、登場人物の目線や立っている向き、歩いて行く方向には、映像的に意味がある(意味を持たせる)演出方法があると言うこと。もちろん、演出家や監督のすべてがこの論理に基づいているとは限らないが、多くの演出家がこれを意識していると思って良い。それではそれに基づいて見てみよう。
みくりが、平匡のマンションのドアを出るカットでのみくりの目線は上手(“かみて” と読む)、画面の右側方向を見ている。
登場人物が上手(画面右側)を向いている時の心境や心情は、「前向き」「未来を見てる」「楽観的」などの “プラスの感情” を表したい時が多い。このシーンでは、みくりの家出があくまで自分の生き方を見つめ直す「前向き」な気持ちであり、平匡との関係の「未来を見てる」と言うことを表現したいから、みくりはずーっと上手向き。
ここで面白いのは、平匡が乗って来るバスも上手向きなこと。従って、平匡もみくりと同じ感情であることがわかる。
更に、このシーンで凝っているカットは、バスから降りた平匡とバスに乗り込んだみくりが、上手向きに歩いていること。これは非常に印象的。どこまでも2人は同じ気持ちでいるんだと十分に視聴者に植え付けた上で…
サラリと短いカットで、平匡の後ろ姿が下手(“しもて” と読む)向きに変わり、次のカットは逆になって2人のすれ違いをしっかりと描いてる。
上手(画面右側)を向いている時の心境や心情は、「後ろ向き」「過去を振り返る」「悲観的」などの “マイナスの感情” を表したい時が多い。と言うことで、このシーン以降から、みくりは “プラスの感情” で平匡は “マイナスの感情” の言動になるってこと。
このことを応用してちょっと捻っているのが、このみくりの居なくなった部屋での平匡の2カットは、ご覧の通りに上手向きで、みくりの作り置きしてくれた食材を見ている。本当は下手向きで、寂しさや後悔の念と言った “マイナスの感情” を表現すべきなのだが、平匡がこの後に、これらを食べること(要は “プラスの感情”) を暗示しているので上手向きにしたと考える。
そして、この一連のすれ違いのシーンのラスト3カットは、まず、みくりと平匡が真正面を向いているカットが続く。これは2人の「迷い」と「決意」の両方を心に抱えて、苦悩と葛藤をしているのを描写しているのだ。しかし、2人とも同じポーズだから、どこかの部分では共通(同じ)なこともあると言う “含み” も持たせている。
そして、擦れ違いのくだりの一番最後のカットは、バスの車内の上手向きのみくり。このカットが意味するのは、擦れ違っていても、みくりは平匡との関係を前向きに考えてるってこと。ここに2人を見守る視聴者たちへの “一筋の明かり” や “希望” を添えていたのだ。
ただ、見ているだけでは気付かないし、気付く必要もないのだが、このようなカット割りや撮影、編集をすることで、視聴者が登場人物の気持ちに自然に寄り添えるようにしている緻密な演出なのだ。
背中を丸めた平匡と猫と猫と佇むみくりのシーン
次に解説するのは、東京の平匡と館山のみくりの感情の “同期” を2人の身体の動きで魅せた演出。まず、母からのメールと目の前からいなくなったみくりに混乱する公園にいる、猫のように丸めた背中を見せてる平匡のカット。
次のカットは、本物の猫が背中を丸めて座ってるカット。もちろん、この猫は平匡の分身。もしかしたら、みくりの妄想の産物かもしれない。
続くカットは、背中を丸めた猫に、少しずつ背中を丸めて近づいていくみくりだ。突然だが、心理学で親密な関係を築いている相手や、好意を抱いている相手と同じ動作してしまうことを、『ミラーリング(ミラー効果)』と言い、無意識の状態で自然に動作が一致することを言う。
平匡の分身の猫に、背中を丸めながら近づくのは、正にこの心理学でも利用される「ミラーリング」。無意識に平匡とみくりの動作が一致してさせるような映像にしたことで、視聴者はみくりに子猫(平匡)と仲良くなって欲しいと願うように仕掛ける。
しかし、続くカットは以外にも、みくりは子猫(平匡)にちょっと触れるだけで抱くこともなく、次はカメラに背中を向けて立っているカットになる。
「ミラーリング」で落胆や悲しさやひもじさを、背中を丸めると言う動作で表現したってわけ。モノローグと動作で二重に重ねたことで、2人の寂しさがより強調された。
でも、背中向きで立っているみくりと傍に寄り添う猫(平匡)で、まだまだみくりは新しい未来を模索しているし、その直後の「情熱大陸」で引きこもり、館山市議会議員・野口まゆ(櫻井はな)で活性化と、女性のみくりの方が心の切り替えが早いのも実にリアルな描写ってことだ。
館山のみくりが見上げた夜空に浮かんだおぼろ月
最後に補足解説したいのが、「自分の気持ちでいっぱいで、みくりさんの残していってくれた料理を手に取ることもしなかった」と自己反省して、作り置きの料理をみくりの気持ちを噛み締めるように食べる平匡のカットがアップからどんどん引いていき、館山の実家にいるみくりが外に出で夜空を見上げるカットにオーバーラップさせた編集の妙。
前回(第7話)の金子文紀氏の演出なら、平匡の食べてるカットの背後のカーテンが少し開いていて隙間から満月が覗いているように演出したかもしれない。しかし、今回の石井康晴氏の演出は一味違う。
館山の実家にいるみくりが外に出で夜空を見上げるカットにオーバーラップさせてから、満月のカットに繋いで、みくりのモノローグへ繋げた。そのみくりも例の上手向きに登場してくる。
こうなると前回の感想で書いた「月」の意味が変わってくる。前回では単純に “満たされた気持ち” を満月で表したが、今回はみくりの “再び満たされたい気持ち” と言う願望や欲求(プラスの感情)を満月で表した。
そして、平匡が満月を見ているカットが無かったことから、あの満月はみくりの妄想かもしれない。そう捉えると、みくりに空いた “心の穴” は意外と大きいってことだ。なかなか意味深い演出だ。
ハグを目指して、みくりと平匡が電話をし合うシーン
次の部分は、第8話の感想で触れなかった部分。いよいよすれ違いが終わって2人のハグが見られるかな?と視聴者を期待させた、みくりと平匡が互いに携帯電話で話すシーン。ここで需要な演出は、2人が館山で合流すると見せかけつつ、最後のオチを見た時には「みくりは館山にいなかったんだ」と納得させること。
そのために、演出家は “4つの技” を使ってる。1つは、みくりと平匡が会話をし、互いが向き合ってるように、下のようなカットを繰り返すこと。この場合の平匡の下手向きはマイナス思考でなく、あくまでも対話をしている雰囲気を醸し出すためのカット割りだ。
更に対話している場所が館山っぽい感じを出すために、背後の風景をぼかした上で、みくりの背景は右下がり、平匡の背景は左下がりになっていて、向かい合って話しているような雰囲気を醸し出しているのが、2つ目の技。
3つ目の技は、それでも簡単にはハグはさせないぞ、と思わせるために、下手向きのみくりと平匡のカットを加えてること。そして4つ目は、その2つのカットの背景は先述の右下がりでも左下がりでもない、ボヤーンとした背景にしてあること。これによって「みくりは館山にいなかったんだ」と納得できるのだ。
でも、下手向きでも背景が海の平匡が走るカットが入れば、誰だって期待しちゃうのは当然。この辺の最後の一押しも上手いし、心地が良かった。
いろいろ書いてきたが、これら全部が演出を担当した石井康晴氏が意図したと言う証拠はどこにもない。しかし、このような見方をしても辻褄が合うのはおわかりのはず。従って、そんなに大ハズレはしていないのではないだろうか。とにかく、いろいろな楽しみが出来るのが “良く出来たドラマ” の証拠。皆さんも見つけて見よう。
あとがき
いやあ、やりきりました(苦笑)。皆さんもキャプチャー画像付きで、少しはわかっていただけたでしょうか。本当に細部まで作り込まれてます。もちろん、演出だけではなく、脚本も美術も音楽もそして俳優さんたちも、最後の1秒まで楽しませようと言う意気込みがひしひしと伝わります。
最後に、そんなことを感じた2つのカットをご紹介して記事を締め括ります。1つは、みくりがマンションに帰って来た時、みくりが丁寧に作って冷蔵庫に入れておいてくれた作り置きの食材が入っていたタッパー容器が、きちんと洗われてカゴに並んでいたカット。「素因数分解」に繋がる2人の気真面目さを表現した演出。
もう1カットは、第9話の予告編の序盤にあった、久し振りのハグのカット。あれで、第8話の終盤で緊張しながら見ていた気分が、ホッとさせられました。これが最後の1秒まで楽しませようと言う意気込みです。ではまた…
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【これまでの感想】
天晴! 『逃げ恥』のスタッフ!! 「恋ダンス」は「みくりの妄想ミュージカル」だったとは!!!
『逃げ恥』予告編の新垣結衣さんのセーラー服姿に2度ビックリ!! 9年前の『パパムス』再来か?
『逃げ恥』スタッフ再び天晴!! 「ハートのつり革」の粋な演出!!!
第1話 第2話 第3話 第4話 第5話 第6話 第7話 第8話
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