とと姉ちゃん (第47回・5/27) 感想

NHK総合・連続テレビ小説『とと姉ちゃん』(公式)
第8週『常子、職業婦人になる』『第47回』の感想。
なお、本作のモチーフで、大橋鎭子著『「暮しの手帖」とわたし』は既読。
森田屋で就職祝いを受けることになった常子(高畑充希)は、滝子(大地真央)や隈井(片岡鶴太郎)、綾(阿部純子)に星野(坂口健太郎)なども集まり盛大な宴会となる。常子は今まで支えてきてくれた人々に感謝し、職業婦人となれたことを喜ぶ。しかし、初出勤の日、タイピストとしてしっかりと役目を果たしたいと意気込む常子の前に現れたのは、早乙女(真野恵里菜)を中心とする一癖も二癖もありそうな職業婦人たちだった…。
---上記のあらすじは[Yahoo!テレビ]より引用---
やはり「騒動至上主義」は止めた方がいいと思う…
それにしても、ここまで「お祝い」に見えないのもある意味で凄いと思う。ただただ登場人物たちを大勢出して騒いでるだけ。なぜ「お祝い」に見えないのか?理由は簡単。「お祝い」をするほどの過程がほぼ描かれていないからに他ならない。これが、本作の真骨頂「騒動至上主義」ってやつだ。
発端と結果を2回で済ませる「騒動」の箇条書き…
それも、本作の「騒動」は発端と結果で過程が描かれないと言う特徴がある。刑事ドラマなら事件発生と逮捕だけで捜査が描かれない。恋バナなら一目惚れの出会いと結婚式だけで交際期間が描かれない。そしてもう1つの特徴が、「騒動」がほぼ2回の放送で終わり、次々と並べらえていくだけってこと。
時間経過も唐突、物語も唐突、所謂「連続性」がほとんど無い。「従って…」とか「ところが…」とか「一方で…」などの各エピソードを繋げる連結部分が無い。確かに連続性を意識し過ぎると、説明臭いとか理屈っぽくなったり、長ったらしく「クドい」印象になりがちなのは確か。しかし、本作のように無さ過ぎるのはもっと困る。
もっと、登場人物の中身を描いて欲しい
結局、「騒動」の箇条書きと言うのが現状だと思う。その上、過去にも実在の人物をモチーフにした朝ドラでよく目にしたのが「歴史年表の箇条書き」と言うもの。出来事だけを追って描くだけと言うものだが、本作の場合はそれにもなっていない。取って付けたような台詞だけで次々と騒動を連結していくだけ。
もっと、登場人物の中身を描かなければ、どんどんつまらなくなっていくと思う。今回の15分だって「職業婦人」を連呼しているが、実際にテレビに映し出されたのは、「お祝い」風のバカ騒ぎと、一波乱起きそうな就職1日目ってだけ。ここまでヒロイン・常子(高畑充希)の存在感が薄いのは問題と思うが…
あとがき
「騒動」の過程をもっと丁寧に描けば良いんです。そうすれば、自然と登場人物の中身を描かざるを得なくなるんですから。それなのに、表面的な出来事だけを並べるから面白味が出てこない。「暮しの手帖」が登場するまで見ていられるか、自身がなくなりかけてます…
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【これまでの感想】
[読書] 「暮しの手帖」とわたし (大橋 鎭子/著・花森 安治/イラスト・暮しの手帖社) 感想 ※平成28年度前期 NHK連続テレビ小説『とと姉ちゃん』モチーフ,大橋鎭子の自伝
第1週『常子、父と約束する』
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第2週『常子、妹のために走る』
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第3週『常子、はじめて祖母と対面す』
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第4週『常子、編入試験に挑む』
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第5週『常子、新種を発見する』
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第6週『常子、竹蔵の思いを知る』
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第7週『常子、ビジネスに挑戦する』
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第8週『常子、職業婦人になる』
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