花子とアン (第46回・5/22) 感想
NHK総合・連続テレビ小説『花子とアン』(公式)
第8週『想像のツバサ?』【第46回】の感想。
たえ(伊藤真弓)を教会の図書室に連れ出したことが問題となり、はな(吉高由里子)は本多(マキタスポーツ)に退職願を提出する。「ひと月で辞める教師がどこにいる!」と一喝され、辞めずに済んだはなは、朝市(窪田正孝)から「子どもたちがはな先生を辞めさせないでくれと頼んだ」という話を聞き驚く。夏を迎え、はなもようやく先生らしくなってきたある日、一通の手紙が届く。それは、遠い親戚の家へ行ったたえからだった…
---上記のあらすじは[Yahoo!テレビ]より引用---
出たあ!
月曜日のチラ見以来ご無沙汰だった蓮子(仲間由紀恵)が登場。どう見ても“はな”より力の入った映像づくりで、見事に15分間を真っ二つに分断。流石、蓮さまの魔力は恐るべきパワーだ。それにしても、なぜ今日、蓮子のシーンをインサートしたのだろう?だって…
はなだけを描くのは恥ずかしいの?
私の“想像の翼”を大きく広げれば、今生きている環境は違えども腹心の友であるはな(吉高由里子)と蓮子は自らの夢の実現への一歩に向かって精一杯生きている、と言いたいのは解らなくもない。しかし、今作家には珍しく冒頭から9分間で、はなの教師生活を上手く描けてきただけに残念でならない。なぜ自らぶち壊す?
「教師編」なのに、なぜ生徒との交流を描かないの?
では、今日の“はなパート”だけ考えてみる。個人的には、例の屋根登り事件と教会不法侵入事件などの“たえパート”を描かずに、生徒たちのために物語を書くと言う構成は選べなかったのかと思う。
例えば、妙なことばかりする新米先生をどう生徒たちが受け止め、先生を辞めさせないように動いたのかが表現されれば、校長の言葉もたえの便りへの反応も少しは納得できたろうにと思う。やはり「教師編」なのだから、たえだけでなくもっと生徒だちを上手く活用すべきだったと思う。
どうして最重要課題である「はなの夢」を端折るの?
また、既に2か月以上は時間経過しているのだから、甲府の自然の変化と共に、はな先生の変化や成長を描けなかったのかと言うことだ。だってはなが「安東花子」と原稿用紙に記するのは、はなにとって夢の始まりの大切なシーンのはず(これも“想像の翼”だが)だから。
なのに、実際にははなの夢はほぼ描かれていない。突如として、はなが原稿用紙に蓮子の言葉を思い出し、ペンネームを認(したた)めただけなのだ。結局、本作で最大に重要なヒロインの夢の第一歩ですら、視聴者の“想像の翼”に委ねた。ならば、いっそのこと10年位一気に時間経過した方がスッキリしやしないだろうか?
あとがき
蓮子の夢もどうかと思うが、今日は置いておきます。で、やはり驚いたのは“はなの夢”がいきなり登場したことです。それもフォローがあって当然の語りも無し。「どうせ視聴者の皆さんは村岡花子の生涯は解ってるんでしょ」と言わんばかり。これではドラマを観る必要が…
【追記 2014/5/22 10:00】
第1回から第46回までを観て感じたり思ったことをまとめた記事を書きました。お時間のある方はそちらもお読み頂ければ幸いです。
「花子とアン」を初回から第46回(5/22)まで観て思うこと
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連続テレビ小説 花子とアン Part1 (NHKドラマ・ガイド)
アンを抱きしめて―村岡花子物語
村岡花子: 「赤毛のアン」の翻訳家、女性にエールを送りつづけた評論家 (KAWADE夢ムック 文藝別冊)
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