花子とアン (第30回・5/3) 感想
NHK総合・連続テレビ小説『花子とアン』(公式)
第5週『波乱の大文学会』【第30回】の感想。
開幕直前、蓮子(仲間由紀恵)から衝撃の過去を告白されたはな(吉高由里子)は、舞台に飛び出して行った蓮子を、祈るようなまなざしで見守る。客席には蓮子の宿敵とも言える兄・晶貴(飯田基祐)の姿があり、蓮子はジュリエットのセリフに思いの丈をのせ、晶貴にぶつけてゆく。物語は進み、はなが急きょ演じることになった小間使いの出番に。しかしはなは緊張のあまり転んでしまい、大事な小道具の薬瓶をほうり投げてしまう…。
---上記のあらすじは[Yahoo!テレビ]より引用---
『ロミオをジュリエット』が長過ぎ!
まず、『ロミオをジュリエット』の舞台のシーンも美輪さんの演目解説も長過ぎる。まあ高視聴率を支える多くのファンはこの“○塚歌劇もどき”を楽しく観ているのだろうが。敢えて言いたい。この朝ドラ、視聴者に何を見せたいのか!?
女学校時代の集大成がこれ!?
来週の予告編には女学校のカットはほぼ無かった。とすると、これが女学校時代の描写の集大成と言うことなのか。月曜に突然はな(吉高由里子)が翻訳と脚色を買って出てから、蓮子(仲間由紀恵)が配役問題起こして過去を自白して、亜矢子(高梨臨)がクラスをかき回しただけ。
で、蓮子の復讐劇に加担するのは“腹心の友”への伏線としても、伯爵の背中に貼り紙をつけるってどんだけ幼稚な発想なのか。小学生のいたずらでもあるまいし。伯爵も鑑賞が終わったらとっと帰宅すれば良いのに。そして何となくキャッキャッと騒いで、腹心の友が結成しちゃった。今週って何だったの?
始めから『赤毛のアン』を朝ドラ化すれば良かったのに…
ここで敢えてタイトルの『花子とアン』について考えてみた。花子とアンの共通点は(本作としては)“想像力が人生を豊かにすることを知る少女”と言う部分だと思う。本作でも第1週のはなの幼少期には、きちんとそれが描かれていた。しかし、最近はどうだろうか。
8割が“友情の物語”、2割が“家族の物語”になってやしないだろうか。別にこの2つの物語が面白くないのではない。肝心の“想像力が人生を豊かにすることを知る少女”が描かれてこその友情であり家族で無いのかと思うのだ。3つを描きたいのは解る。ならば『赤毛のアン』をドラマ化すれば良かったのに…
あとがき
結局、サブタイトル『波乱の大文学会』は、予想通り単なるはなの女学校時代の1ページ扱いでしたね。そして、作者が言いたかったのは「私の腹心の友になってくれて?」のはなの台詞だけ。最後のシーンも、あんな復讐の共犯(共働)で腹心の友になっちゃうのって感じですけど。
さて、次週こそ『村岡花子の一代記』が始まるんですかね。予告編を見る限り、来週も舞台を甲府に移して蓮子物語で終わりそうな予感しかしませんが…
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アンを抱きしめて―村岡花子物語
村岡花子: 「赤毛のアン」の翻訳家、女性にエールを送りつづけた評論家 (KAWADE夢ムック 文藝別冊)
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