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米津玄師「死神」の歌詞とMVについて、私なりに解説してみた! ※更に追記アリ

2021/07/07 14:00 初回投稿
2021/07/07 18:00 記事更新
2021/07/08 19:05 記事更新
米津玄師「死神」の歌詞とMVについて、私なりに解説してみた!
©YouTube

米津玄師「死神」の歌詞とMVについて、私なりに解説してみる!

そもそも、米津玄師が落語『死神』の中に登場する呪文「アジャラカモクレン テケレッツのパー」の音的な要素が好きで、歌にして観たかったと言うのが、今回紹介する『死神』。米津玄師の歌『死神』の歌詞とMV、そして、落語としての『死神』について、私なりの感想や解説を書こうと思う。なお、長文と拙稿にはご勘弁を…

落語『死神』とは?

まず、落語『死神』と言うのが、どんな物語なのかと言うと。

運も金もなく家族からは「甲斐性無し」と言われ、自殺しようとしている男が、眼光鋭い痩せた老人に声を掛けられる。老人は「自分は死神だ」と言い、目の前の自殺未遂をしている男に「お前はまだ死ぬ運命でないこと」と「自分(死神)と出会った数奇な縁で助けてやろう」と救いの手を出す。

死神は、男に「“医者” の看板を掲げて商売をして、大儲けをしろ」と言い出す。その大儲けのやり方は、「自分(死神)が病人の足元に座っていればまだ生きる命。逆に病状が軽そうでも死神が枕元に座っている時は、間もなく死ぬってのが合図」で、「肝心なのは、死神が病人の足元にいるときは “まだ死なない” のだから、「あの医者が “ある呪文” を唱えたら病気が治る」って噂が広まって、大儲けが出来るとだけ伝えて。死神は消える。

でもって、当然、死神と言う強い仲間がいるから、「医者」としては大繁盛だ。もはや「人の生死を判断できる名医」として有名になり、ぜいたくな暮らしが始まった。

そんなある日、大きな商家の主人が患者としてやって来る。ご主人を寝かせると死神が枕元にいたので、「余命は長くない」と諦める世に諭すが、立った1か月(1日のパターンも)でも延命出来たら大金「千両(諸説あるが、今なら「1億円以上」)を払うと言う。

金に目がくらんだ男は、死神が主人の枕元でうたた寝をしている隙をついて、くるりと布団ごと向きを変えて、死神が足元に来るようにした。そして、いつものように呪文を唱えると死神は消えて行った。このことで、ご主人は病状が回復し、大金を払うと約束する。

そののち、男は死神に再び声を掛けられる。死神は怒っている。「どうして、あんなことをしたんだ」と。要は、男は主人の運命(人生や余命や寿命)を変えたのだから。男は必死にいいわけをするが、死神は「やってしまったことは、もういい」と言って、たくさんの火が付いたロウソクのある洞窟へ男を連れて行く。

そして、死神は「この短いロウソクがお前の寿命だ」、「お前は間もなく死ぬ主人を助けたから、その主人の寿命と入れ替わった」と告げる。

初めて男はえらいことをやっちまったことに気付いて「助けて欲しい」と懇願すると、死神が新しいロウソクを男に差し出して、「短いロウソクが燃える尽きる前に、長いロウソクに火を移し替えれることが出来たら、お前の寿命は延びる。さあ、早くしないと消えかけている炎が消えてちまうぞ」と男を煽る。

そして、男は今にも消えそうな自分の短いロウソク持って火を移そうとするが、焦りから手が震えて上手く点け替えることがことが出来ず、「あぁ、消える…」の一言を残して、演者がその場に倒れ込み、演目は終わる。

落語『死神』の原典は「グリム童話」の『死神の名付け親』

そもそも、この『死神』と言う落語は、あちこちに “ほころび” や “意味不明” な部分が多い。それもそのはずで、原典は「グリム童話」の『死神の名付け親』と言うエピソードだ。ついでに、原典の方のあらすじを簡単に解説すると…

(なぜか)ある貧乏な男のもとに子が生まれた。男は(なぜか)名付け親のなり手を捜し街道に出た。すると、(なぜか)「神様」、「悪魔」、「死神」の順に出会う。

「神様」は、自分が貧しい家にいるよりも、私が洗礼を受けさせ、育ててやろう」と言うので断る。次の「悪魔」は「その子にたくさんの鐘とあらゆる楽しさを与えやろう」と言うが、「悪魔は人を騙すから」と言う理由で断る。

最後にやって来たのが「死神」だ。死神は「私は誰にも平等だ。お金持ちだろうと貧乏人だろうと、ロウソクの長さで命の長さを決める」と言って、死神の言うことが最もだと思った男は、死神に息子の名付け親なって貰う。そして、「神様」、「悪魔」、「死神」の3人から自分の選んでくれたからと、息子が将来経済的に成功をおさめることを約束するとまで言った。

息子が成長した。そこへ死神が現れる。死神は息子を薬草の群生地に連れて行き、「お前が病人に呼ばれたら私も一緒に付いて行く。そして、私が病人の枕元に立ったら薬草を飲ませれば、その人間の命は助かる。でも、足元に立ったらその人間の命は私がもらう」と教えて、その死神の教えを利用して、息子は名医と呼ばれ、裕福な生活ができるようになる。

ある日、国王が大病にかかった。死神は王の足下に立っていたが、息子は悪知恵を思い付く。「王様をベッドごと持ち上げて、頭と足をさk笹にして下さい」と家来たちに言った。そして、死神教わった薬草を飲ませると、国王の病気はたちどころに治ってしまった。

そう、息子は、死神を騙してて国王の位置の地を救ったのだ。死神から「二度目は許さない」ときつく叱られた息子だが、その後、今度は王女が病気になる。息子はまたしても死神を騙して王女の命を救う。怒り心頭の死神は、息子を地獄の洞窟に連れて行く。そこには、人の命の長さを表すロウソクがたくさん立っていた。

そして、それらの中で今にも消えそうな炎のロウソクを指差して「この弱々しい補能がお前の命だ」と教え、息子は「大きなロウソクに炎を継ぎ足して下さし」と懇願し、死神は承諾するが、死神は二度も自分を裏切った息子を許せず、炎を映す作業をわざとしっぱいしてロウソクの炎は消えましたとさ。

「グリム童話」を、幕末‐明治に活躍した落語家「初代 三遊亭圓朝」が江戸落語にアレンジ

この「グリム童話」の『死神の名付け親』を、幕末‐明治に活躍した落語家「初代 三遊亭圓朝」が、江戸落語にアレンジしたとされている。だから、なぜ落語の『死神』には死神しか登場しないのか? そもそも死神は何のために男に出会い、金儲けの方法を伝授したのか?

そして何より、落語『死神』のオチ(サゲ)には、バッドエンドからハッピーエンド、演者だけで見せるサゲや、劇場全体を使った大掛かりなものなど、バリエーションがあるなどの、不思議な点が多々あるのだ。

落語『死神』には、グリム童話の「嘘はいけないよ」と言う教育的な強いメッセージが込められている

とは言え、『死神』は演じるのが大変難しい演目の一つで、長ければ40分以上の大作、短くても15分程度は時間を要するから、大概は、落語会の大トリに演じられる大作と言う印象が強い。

さて、これで落語『死神』のあらすじと不可解な点、そして『死神』の原点である「グリム童話」の『死神の名付け親』が、如何に「子供に嘘はいけないよ」と言う教育的な強いメッセージが込められているのかは、わかって頂けたはずだ。

まず、歌詞を分析してみたい

そこで、事前知識はこれらくらいにして、米津玄師の楽曲『死神』の歌詞と、MVについて、管理人のみっきーらしい切り口で深掘りしていきたい。まず、歌詞を分析してみたい。
※本来は、歌詞を全文掲載するのは著作権法上違法だが、書かないと説明でいないので、今回は違法行為を前提に引用する。

米津玄師「死神」

くだらねえ いつになりゃ終わる?
なんか死にてえ気持ちで ブラブラブラ
残念 手前じゃ所在ねえ
アジャラカモクレン テケレッツのパー

うぜえ じゃらくれたタコが
やってらんねえ 与太吹きブラブラブラ
悪銭 抱えどこへ行く
アジャラカモクレン テケレッツのパー

Yeah yeah プリーズ プリーズヘルプミー
ちっとこんがらがって 目が眩んだだけなんだわ
Yeah yeah プリーズ プリーズヘルプミー
そんなけったいなことばっか言わんで容赦したってや
ああ 火が消える 火が 火が消える 夜明けを待たず
ああ 面白く 面 面白くなるところだったのに


だらしねえ 義理も糸瓜もねえ
半端抜かしい 死ぬまでブラブラブラ
雑念 そりゃ渡りに船
アジャラカモクレン テケレッツのパー

つれえ いちびりのガキが
勝手やらかし お上はブラブラブラ
怨念 これじゃ気が済まねぇ
アジャラカモクレン テケレッツのパー

さあどこからどこまでやればいい
責め苦の果てに覗けるやつがいい
飛んで滑って泣いて喚いた顔が見たい
どうせ俺らの仲間入り


プリーズヘルプミー
そうだ過つは人の常 なああんたはどうすんだ
プリーズヘルプミー
あんなええもん持ったらこうなるわ
そりゃあんたのせいやんか
ああ どこへ行く 妻子もいるんです
ああ 香り立つおしまいのフレグランス

本人が『死神』を理解し尽くしているから「時短」に成功!

まず、みっきーとして「曲の構成」について語りたい。

今作は、基本的に「2コーラス」の約3分の楽曲だ。前述の通りに、落語『死神』をまともに演じたら40分以上、短くても15分は要する。なのに、米津玄師は「3:00分」で完結している。まず、その『死神』に於いて最も重要なことを見極め、最小限の文章量と、緻密な単語の組合せで、「時短」に成功しているのだ。

1番がダメ男目線、2番が死神目線で、歌詞が構成されている

もう一つ、構成で目を引くのは、所謂「1コーラス目が、ダメ男の視点」で、「2コーラス目が、死神目線」で描かれていることだ。

これは、落語と言う「一人話芸」ならではの「上下(かみしも)を切る」と言う技術を、歌詞でやっちまっているのだ。

「上下を切る」と言うのは、高座に於いて一人で複数の人物を表現すためには、右を向いたり左を向いたりして登場人物たちの台詞を喋る。このことを、「上下をつける」、「上下を切る」、「上下をふる」等と言い、これがしっかり出来ていないと、お客さまが、「今、喋っているのは誰?」と分からなくなる。

更に。当blogの常連さんなら “耳にタコ” だと思うが。テレビや映画と同じで、落語の舞台(高座)も、客席から向かって右側を「上手(かみて)」、左側を「下手(しもて)」と言う。

そして、落語特有のお約束として、落語の話の中では、演者(落語家・噺家)が顔を下手(左側)に向ければ立場が上の人、上手(右側)へ向ければ立場が低い人物を表す。人の上下の関係は、身分差、年齢順、性別(夫婦噺の場合)、経済度、知名度などで一般的に決められる。

まあ、文章化すると複雑だが、落語を見れば、誰もがやっているから、一度意識して見てはどうだろう。とにかく、歌詞で「上下も切る」のも斬新だが、僅か「2コーラスで、やってのけるのが凄いと思う。

太田裕美『木綿のハンカチーフ』へのオマージュも感じる

さらに、私が大好きなウンチクも。

1975年の日本の大ヒットソングで、歌手・太田裕美の代表作でもある『木綿のハンカチーフ』は、東京を想像させる(具体的に「東京」とは書かれていない)都会に出て行った男性と、故郷に残された女性との、遠距離恋愛が破綻するまでのストーリー仕立てに担っている。ただ、本作の凄いのはこの先にある。

当時、「はっぴいえんど」から作詞家に転身した松本隆がやった挑戦的な作詞は、まず全体が「男女の対話形式」になっていること。

そして、全部で「4番」まである歌詞の、「1番」が男性が都会へと旅立つ様子、「2番」が男性が故郷に帰らなくなったこと、「3番」は都会で浮かれた男が女性を捨てて、「4番」で女性が涙を拭くための “木綿のハンカチーフ” を下さいと訴えると言う、ミュージカルのような構成の死になっていること。機会があったら、聴いて欲しい。

1行目の歌詞「くだらねえ いつになりゃ終わる?」が凄い!

さて、米津玄師の『死神』の歌詞に戻ろう。

まず、スゴイのは冒頭の1行目の「くだらねえ いつになりゃ終わる?」だ。落語『死神』に登場する男の初期設定をたった1行で説明を完結した上で、それが “男の台詞” だと言うこと。要は、この歌は、主人公である男の台詞から始まるのだ。これ、とても落語を意識した構成だと思う。

ほら、落語って冒頭に “枕” があって、唐突に「おっと、大家さん」と「おい、八五郎」とか台詞で本編に入る。それを歌でリスナーに体験・体現させちゃっているわけ。イントロをまるで「お囃子」のように使って、“枕なし” で本編へ。この辺の3分間と言う時間の使い方が見事だと思う。

江戸落語に関西弁を入れる故郷への思いと、絶妙な距離感

次に興味深いのは、「じゃらくれたタコ」「けったいなこと」と言う方言の使用。「じゃらくれた」の意味が解らなかったので調べたら、「じゃらくれた」は阿波弁で「ふざけた」の意味で、米津玄師の出身が徳島だから使ったのは納得なのだが。「けったいな」は関西弁として一般的。

でも、ここが本当に凄い理由は、江戸落語である『死神』に、敢えて阿波弁や関西弁を使うことで、米津玄師の故郷へのアイデンティティーがしっかりと盛り込まれていること。そして、「落語家・米津玄師」が『死神』をオリジナル解釈で歌っていると言うマジック。

普通の落語では絶対におかしなことになってしまうことを、音楽だから出来ちゃう。それも、全く違和感なく、更に「知らない人は、どうぞご勝手に」的な、作り手と聴き手の遠からず近からずの絶妙な距離感が凄いなと。

『死神』の "サゲ" を活かすための終盤の歌詞も秀逸だ

そして、後半の死神の歌詞の冒頭に「だらしねえ 義理も糸瓜もねえ」と言う一文がある。これは、死神目線で今の男を見た印象の台詞だ。冒頭では「くだらねえ いつになりゃ終わる?」と愚痴っていた男が、死神との約束を破って、「だらしねえ 義理も糸瓜もねえ」と言われちゃう。

この辺の「男の人生の変化」を男と死神の台詞に分けて、説明している。そして、ちょっとだけ男に対する死神の期待を裏切られた悲しみも込められている。だから、この『死神』の “サゲ” が活きて来るのだ。

"弱々しく、ふらふらと上って行った煙の臭い"を米津玄師に

最後は、ラスサビの1行「ああ 香り立つおしまいのフレグランス」だ。恐らく、上手く炎を付け替えられなかったロウソクの芯から、立ち上ったであろう “弱々しく、ふらふらと上って行った煙の臭い” を米津玄師らしい洒落た表現で締め括ったと思う。

ロケ地は、落語家の聖地とも言われる「新宿末広亭」

さて、これまでは歌詞について語って来たが、やはり『ディレクターの目線blog』としては、MVにも注目した。まず、ロケ地は、落語家の聖地とも言われる「新宿末広亭」と言う、本当の寄席で撮影をやっていること。もう、それだけで本作の本気度が伝わって来る

米津玄師が"紗の羽織"を、美しく両手で脱ぐのを見逃すな!

次は、米津玄師が来ている着物。一番暑い夏に着る着物である「紗」の着物を着ていること。このことで『死神』が “夏の風物詩” である「幽霊噺」に連携する。季節感を取り込むことで、「夏の一夜の怖い話」と言う雰囲気が高まる。

また、米津玄師が羽織を脱ぐ時に、両手でいっぺんに脱ぐ。落語をテレビなどでも見る人はご存知だと思うが、普通の噺家は羽織を脱ぐ時は、左右の腕と肩から順に脱いで行く。しかし昔の名人と言われた噺家は、一番いいタイミングで一気に両手で羽織を脱いだのだ。まさに「ここからが聞きどころですよ」と言わんばかりに。

その難しい仕草と所作を、米津玄師は美しく見事にやってのけた。もちろん、演技監修はいるだろうが、それなりの練習をして本物の名人の噺家を演じたいと思ったに違いないと信じている。


あとがき

とにかく、米津玄師の『死神』について、どうしても書きたかったのですが、これだけの情報量があるので、投稿が発売とMV公開から時間が掛かってすみませんでした。恐らく、多くの方が似たような解説をすでにされていると思いますが。私なりの解説を書かせて頂きました。

※敬称略

2021/07/07 18:00 追記

ここ数年のドラマで、落語『死神』が登場した作品

昭和元禄落語心中(第10話/最終回・2018/12/14) 感想 ※加筆と修正あり
相棒 season19 (第13話『死神はまだか』・2021/1/20) 感想


2021年7月8日 19:05 追記

私が大好きで、尊敬している落語家、三遊亭圓生 (6代目)の『死神』をご覧下さい。これが、昭和の名人の落語です。



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Author : みっきー

★管理人:みっきー

★職業:宴会/映像ディレクター(フリーランス)

★略歴:東京下町生まれ千葉県在住。ホテル音響照明映像オペレータ会社を経て、2001年独立。ホテルでイベント、パーティー、映像コンテンツ等の演出を手掛ける。活動拠点は都内と舞浜の有名ホテル等。

★ブログについて:フリーの宴席/映像ディレクターが、テレビ,映画,CM,ディズニー,音楽,仕事等を綴ります。記事により毒を吐きますのでご勘弁を。

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