スカーレット (第48回・2019/11/23) 感想

NHK総合・連続テレビ小説『スカーレット』(公式サイト)
第8週『心ゆれる夏』の
『第48回』の感想。
※ 毎日毎日の感想なので、私の気分も山あり谷ありです。ご理解を。
※ また、称賛、絶賛の感想だけをご希望の方は読まない方が良いです。
「信楽初の女性絵付け師」として、新聞紙面を飾った喜美子(戸田恵梨香)。会社の若社長・敏春(本田大輔)のアイデアでニックネームも付けられ、アイドル扱いで担ぎ上げられる。しかし記事には肝心の絵付け師としてのキャリアや師匠の深野(イッセー尾形)の紹介もなく、社内の波紋を呼ぶ。なぜか新入社員の八郎(松下洸平)が喜美子にいら立ち、深野にある告白をする。一方、東京から戻った常治(北村一輝)から聞かされたのは…
---上記のあらすじは[Yahoo!テレビ]より引用---
"先"で波紋を呼ぶのを、さり気なく匂わせたアバンが良かった
前回で、喜美子(戸田恵梨香)が「信楽初の女性絵付け師」として新聞紙面を飾り、今回のアバンでは、社内外でアイドル扱いされる様子が描かれ、その一連の描写の中で、紙面に一切名前が登場しない深野心仙(イッセー尾形)も記事を喜んで見ている姿が挿入された。当然に “先” では波紋を呼ぶのは予想出来る訳で、その辺の匂わせ方もさり気なくて良かった。
川原家のちゃぶ台に乗っていた夕食が、少し豪華になった…
主題歌明けは、東京から戻った常治(北村一輝)が真っ昼間から日本酒を飲んで、東京・鎌田で働く直子(桜庭ななみ)の話を続けるのかと思いきや、常治はそのまま寝てしまって終了。前回も、短いシーンが結構あったが、少しあとに回収した。今回もあるのかどうか?
シーンは、あまり切り刻まない方が登場人物の心情が分かり易くて良いのに。ただ、ちゃぶ台に乗っていた夕食が、少し豪華になったのが分かったのは良かった。娘2人が働いている訳だから、生活レベルの変化も描くべきだと思うから。
喜美子と八郎が対立するシーンは、後々重要になるかも…
次のシーンは、前回を受けて、十代田八郎(松下洸平)が喜美子にシャツのほつれを直して貰う場面。昼間の喜美子の仕事風景をすっ飛ばして、夜の川原家から夕景の絵付け室に繋げるのはちょっと残念。しかし、土曜日だし来週への繋がりもあるから、こうしたのだろう。本作には珍しい “人と人が対立する” シーンが挿入された。
正式には前回で本作に初登場した八郎。まだ、どんな人物か殆ど描かれていないのに、ヒロインとの対峙。これ、かなり斬新だし評価が分かれそうな場面だ。
だって、本作って、現状でほぼ登場人物の設定や関係性など、脇役のおばちゃんたちまで相当完成されているのに、八郎は真逆の立場。そんな新入社員3人の内の八郎(だけ)を急に前面に押し出して、対立されたのだから。でも、私は意外性と言う意味で、今のところは評価したい。
不旋律と不協和音的なピアノのメロディーの劇伴と、噛み合わない2人の関係が “先” を想像させる。恐らく、この2人は…。そう思って見ると、このシーンが後々に重要になるかも知れない…
罪悪感に苛まれる八郎と、懐の深い深野とのやり取りが秀逸
食堂での世間の喜美子人気が話題になっているシーンも短めに終わって、その後の喜美子の仕事の場面も短めに終わって、前述の川原家と合わせて、ちょっと雑な印象を与えているのが残念だが、どうしても今回は「八郎推し」で脚本も演出も攻める作戦のようだ。8分過ぎに、絵付け室に八郎がやって来た。
八郎の実家の床の間に、フカ先生が描いた「鳥が2羽飛んでいる風景画」がずっと飾ってあり大切にしていたが、困窮生活のために八郎が11歳の時に闇市で絵を売って “これぐらいの白いお米と卵3個” に換えた…とフカ先生に告白し出す。
八郎の「お会いしたら 頭下げよう思てました」と言う台詞に、細かなところは未だに不明だが、八郎が罪悪感と言うものにとても敏感で、真面目で正直者で、更にホットケーキへの反発を含めると、とても貧富の差にも神経質そうな男であることは分かった。
八郎の話を聞いて、八郎の頭をバサバサと撫でたフカ先生の優しさ、「若い頃に描いた 名もない絵や」と八郎に答える台詞にもジーンと来た。
絵がお金に換わり、月が満ち欠けし、修業にも終わりはない…
なんか良いね、こう言う描写も。きっと、フカ先生はお金を得るため、生活のために若い頃に “名もない絵” が、“名もない家族” が生きるためにお金に変わって、またきっと “名もない人” の手に渡る。仏教用語である “輪廻転生” に例えるのは大袈裟かも知れない。
でも、本作は焼き物、陶器のお話だ。土から作り、土に帰る。これも謂わば “輪廻転生” だ。そして、このシーンの直後のインサートカットに使われた「満月」も「新月」から先日のインサートカットの「三日月」と合わせて、満ち欠けを繰り返す。
絵が人と人の間を行き来して新たな価値を生むことを、輪廻転生とするならその意味である “この世に何度も生まれ変わってくる” のと、月の満ち欠けの繰り返しと、13分過ぎに自宅でも絵付けの修業をする喜美子によって “終業にも終わりがない” ことが、見事に全部繋がった…と捉えるのは、私の本作への贔屓目や考え過ぎだろうか。
あとがき
フカ先生の絵の模写をずっとやって来た喜美子が、八郎が記憶していたフカ先生の描いた「若い頃に描いた 名もない絵」を、 想像を膨らませて自分なりに復元しようとしている姿が感動的でした。
自分に出来ることで “先” を変えようとする喜美子。今回で言うなら、“八郎との言われなきわだかまり” を解こうとするヒロイン像が、実に朝ドラらしくて元気を貰いました。
また、ストリングスを中心とした重厚な劇伴が、終盤の鳥の絵を描く喜美子のシーンから、予告編へそのまま繋がって利用されていましたね。そのために、更にシリアスな展開になりそうな “先” が楽しみになりました。
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